死の淵を見た男のネタバレ・感想☆フクシマ50・原発を守った男達

小説
出典:楽天ブックス

東日本大震災が起きたとき、福島第一原発で何が起きていたのか?

「死の淵を見た男」は、現場で何が起きていたのかを知るために、著者である門田隆将が、90名を超える関係者に取材をして得た事実に基づいて描かれたノンフィクション作品です。

2020年3月6日より公開されている、映画「Fukushima 50(フクシマフィフティ)」の原作でもあります。

同作は全国映画動員ランキング2週連続1位を獲得しました!(興行通信社より発表) 

大地震と津波によって冷却機能を失った原子炉の暴走を食い止めるために、放射能汚染の現場に踏みとどまり戦った人々。

自らと日本の「死の淵」に立った男たちの事実をお届けします!

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「死の淵を見た男」作品情報

  • 作品名 死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発
  • 著 者 門田隆将
  • 出版社 KADOKAWA (角川文庫:516ページ)
  • 発行日 2020年3月6日 (映画カバー版)
  • 映画化 2020年3月6日 「Fukushima50」のタイトルで佐藤浩市主演、渡辺謙共演

著者紹介

門田隆将は2008年4月に勤めていた新潮社を退社し独立しました。

ノンフィクション作家であり、2008年7月に刊行した「なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日」は光市母子殺害事件を描いています。

同作はWOWOWのドラマWスペシャルで江口洋介が主演を務め、2010年度文化庁芸術祭賞ドラマ部門の大賞を受賞しました。

東日本大震災に関連する書籍は、本作のほかにも「記者たちは海に向かった―津波と放射能と福島民友新聞」、「吉田昌郎と福島フィフティ」などがあります。

「死の淵を見た男」ネタバレ

震災と津波・全電源消失から始まる戦い

2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0という大地震が福島第一原子力発電所を襲いました。

その揺れをうけ原子炉1・2号機は緊急停止「スクラム」します。

原子炉を安全に制御するには「原子炉の停止」→「冷却」→「閉じ込める」という過程が必要です。

しかし地震により電源は停電しています。

本来は非常用ディーゼルエンジン(DG)が非常時の命綱となるはずだったのですが、その時…

ドーンッ!轟音を立てて津波がDG建屋に”衝突“したのです!

この津波の襲撃によりDGが失われてしまいました。

そう、原子炉を冷却するための最後の“命綱”が切れてしまったのです!

このとき、原子炉1・2号機を操作する中央制御室(中操)に「SBO!(全交流電源喪失)」の言葉が響きます。

海面から10メートルの高さにあった原子炉建屋・タービン建屋は津波により水没。

いつ大きな揺れや津波が襲ってくるかもわからない、絶望的な状況から戦いは始まります。

主な戦場となる中操の当直長は伊沢郁夫

免振重要棟の緊急時対策室(緊対室)で陣頭指揮を執るのは所長の吉田昌郎です。

全電源消失となった時、緊対室は津波の水も見ていないため「起動して、今まで動いていたDGが停まった」という事実しか分かりませんでした。

“地獄”の日々はここから始まります。彼らは「死の淵を見る」ことになるのです。

ベントと爆発、現場の覚悟

吉田の考えは”原子炉を冷やす”から”原子炉を爆発させない”へとシフトしていきます。

つまり“ベント”(原子炉の格納容器の中の“圧”を外に“逃がす”こと)が必要だと考えたのです。

ですが、ベントは同時に”放射能汚染をもたらす”ことでもありました。

圧を逃がさなければ、中に水を入れることもできません。

ベントしかない”のです。

ですが、実行するためには誰かがバルブを開けに“現場”へ行かなければなりません。

そう、中操にいる誰かが行かなければいけないのです。

メンバーを決める場面では、読んでいて胸が締め付けられます

放射能の数値が高いと分かっている場所へ行く人間を選らばなければけないのです。

伊沢は「若い人間は行かせられない」と伝えます。

「自分が行くから、一緒に行ってくれる人」を探すのです。

ですが、周囲は「残って指揮をとってくれ。自分が行く」、「僕が行く」「私も行けます」と若手も手をあげます。

2つのバルブを開けに3組が選ばれ、実際に2組(4人)が突入したのです。

彼らは“決死隊”呼ばれました。

1組目はバルブを開くことに成功。

2組目は「線量が測れるうちは行く!」との思いでバルブを目指します。

しかし線量を図るサーベイメータは1000を振り切ってしまうのです。

引き返すしかありませんでした。

映画で彼らは戻ってきてしまったことを、ひたすらに「すみませんでした!」と泣き崩れながら謝罪を続けます。

その場面に涙が止まりませんでした。

謝る必要などないのです。

彼らは暗闇の中、情報もない状況で、命を懸けて、死を覚悟して、突入したのです。

ですが彼らは知っているのです。

“ベント”に失敗したら自分だけでなく、家族も地域の人々も死んでしまう。

東日本が人の住めない灰色の世界になってしまうことを。

このあと、助っ人に来た2人がもう一度トライしようとします。

同時に緊対室でも吉田がコンプレッサーを使って外からバルブを開けよう、というアイデアを出します。

コンプレッサーのアイデアは成功するのですが、情報が中操へ伝わっておらず、2人が扉を開け突入する一歩手前でやっと情報が伝わります。

ベント成功!と喜ぶ間もなく、1号機は爆発してしまいます。

1号機の爆発は凄まじく、原子炉建屋の5階部分が吹き飛びます。

1号機建屋の爆発で伊沢は、中操にいる若手を避難させることを決断します。

そして残ったメンバーの1人が「最後だから、写真を撮りましょう」と声をあげます。

ヘルメットをして、全面マスクで、それでも手をあげたりピースをして写真に写るのです。

誰もが死を意識していたのだと思います。

それでも絶望を感じながらも、最後まで諦めない気持ちを新たにしたとき、2号機と3号機の間で爆発が起こります。

最後まで残った69人と戦いの終わり

爆発が起きた時、伊沢は緊対室にいました。

中操は5人ずつの交代制になっていたのです。

「しばらく交代へ行けない」と中操へ連絡した時、残っているメンバーが言います。

涙で声を詰まらせて「交代、来なくていいですよ。もう、いいですよ」と。

爆発が起きた時、吉田は「圧力が安定状態になったので、現場に行ってくれ」と作業員を現場に再配置していました。

吉田は「生きて出ることはできない、ここで死のう」と思ったと語ります。

2号機の格納容器圧力は下がったり上がったりを繰り返します。

そしてついに設計圧力の2倍近い数値が出たとき、吉田は作業に直接かかわりのない人間の撤退を指示します。

その言葉が何故か誤って官邸に伝わり、総理が言うのです。

現場と繋がっているテレビ会議の場で、現場の人間へと「逃げたって、逃げ切れないぞ!」何を言っているのだと、怒りが込み上げてきます。

とっくに死を覚悟して、放射能汚染された地で原子炉が爆発しても、戦うことを諦めない彼らに向かって放っていい言葉ではないと。

一国の総理の言葉に悲しくなります。

3度爆発が起き、2号機の圧力抑制室の数値が“0”を示します。

ベントが成功しなかった2号機は、この爆発により全号機の中で一番多く、放射能物質を“放出”してしまうのです。

3度目の爆発で吉田は言います「最少人数を残して撤退!

吉田の指示を受け600人余りが撤退し、69人が残ります。

彼らこそが、のちに「フクシマ・フィフティ」と海外メディアから呼ばれることとなるのです。

残ったメンバーは言いました。

「死ぬと思って残っている訳じゃない。やることがあるから残っている」のだと。

しかし、最後の最後まで戦ったのは「フクシマ・フィフティ」だけではありません。

いったん撤退した後に、協力企業や自衛隊は戻ってきたのです。

「人手が足りないから」「民間人だけを残して撤退などできない」とできることをするために。

多くの人間が放射能汚染の地へ戻り1~3号機の原子炉を冷却し続けました。

そしてついに、圧力は安定していき彼らの戦いは終わりを迎えます。

「死の淵を見た男」映画と小説の違い

小説と映画、その大きな違いは登場人物の関係に現れています。

映画で伊沢郁夫を演じる「佐藤浩市」と、吉田昌郎を演じる「渡辺謙」、二人の関係は親しく「吉やん」「伊沢」と呼び合う仲です。

小説では復旧班の班長である曳田史郎が吉田と同い年であり、いつも一緒に行動していた間柄でした。

映画の最後に伊沢へ宛てた手紙が登場します。

「あの時、状況がさらに悪くなったら、最後は二人だけで残ろうと決めていた。(一部省略)」。という中身は実際に吉田さんから、曳田さんへメールで送られてきたものです。

また映画で吉岡秀隆が演じる5・6号機の当直長“前田拓実”

小説では発電班の“吉田一弘”として登場します。

語られるエピソードは吉田一弘のものだけでなく、何人かのエピソードを纏めて前田拓実として語られるのです。

前田拓実という新たな人物を生み出したことで、現場で戦う1人の人物の葛藤などが、より視聴者に伝わりやすくなったのではないかと思います。

小説で少しだけの登場であった人物が、映画では最初から存在感を表していたり、架空の人物もいたりという違いはあります。

ですが震災直後から戦いの終わりまで「死の淵を見た男」たちが向き合った事実は忠実に描かれています。

映画は前半から泣きっぱなしでした。

公開のタイミングになぜ今なのかという意見もあるかもしれません。

ですが私はもっと早く制作して欲しかったと思いました。

映画はとてもリアルに再現されているので、津波のシーンなど観るのが本当に辛い方も多いかと思います。

それでも多くの方に見て欲しいと思います。

現場と東京電力本店、官邸とのやり取りも赤裸々に描かれています。

あの時、福島第一原子力発電所で何があったのか

それを自分の目で見て、読んで、確かめて欲しいと思うのです。

映画『Fukushima 50』(フクシマフィフティ)予告編

「死の淵を見た男」 口コミ・評価

ノンフィクション作品は感じ方は人それぞれです。

読んでみなさんが何を感じたのか?少しだけ紹介させて頂きます!(^-^)

福島第一原子力発電所の事故では、批判が多かったのも事実です。それでも、私も命を賭して戦った人々の行動を、誇れる人々の事を多くの人に知って欲しいです!

吉田所長はもちろん、伊沢当直長の適切で柔軟な考え、判断こそが原発を守ることが出来た大きな要因ですね。官邸や本店からの理不尽な指示にも真っすぐに戦った吉田所長には頭が下がります。

映画も本も泣きっぱなしです!限界ギリギリの中で、自分だったら彼らのような選択ができるだろうか?そう考えると現場に踏みとどまった人々たちの行動すべてに胸が熱くなります!

「死の淵を見た男」まとめ

「死の淵を見た男」は最後の最後まで原子炉を、東北を、日本を守ろうとした男たちの事実を描いています。

彼らは海外メディアから”フクシマ・フィフティ“と呼ばれます。

ぜひ本書を手に取ってもらいたい!その理由はたくさんの「死の淵を見た男」を知って欲しいからです!

東京電力で現場にいた業員はもちろん、協力企業や自衛隊などたくさんの人々が撤退を指示されるまで現場に残り、撤退後もまた放射能が漏れている原発へ戻ってくれていたのです。

必死に自分のできることを「当たり前のことをしただけ」と当然の事として彼らは語ります。

戦いの終わりまで、放射能が漏れている現場でほとんど寝ることなく戦い続けた人たちを知って欲しいのです。

当時はほとんど報じられることのなかった人々が、自分の言葉で語ってくれています。

その事実がたくさん詰まっているのです。

官邸や東京電力本店に翻弄された現場ですが、それぞれの立場で、それぞれの意見がしっかりと記されています。

「10メートルを超える津波が押し寄せるはずがない」という自然に対する驕りこそが、最大の要因だと書かれています。

人間の驕りが事故の要因、ですが原発の安全を守るのも人間なのです。

本書は悲惨な事故を描いています。

ですが日本に生きる私たちが、知っておくべきことが描かれているのです。読んでいて苦しくて、2011年3月11日の映像が蘇ってくると思います。

私は原発事故の映像を見たとき、「日本は終わる」のだと思いました。ですが終わりませんでした。

守ってくれた人たちがいたのです。彼らの事を知って欲しいと思います。

今だからこそ読んで欲しい、涙なくして読むことはできない1冊です!

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